月貌


「ああ、良い街だな。」


 イシュバールの内戦が終わって、殆ど間を置かずに決まった中佐昇格と東方司令部への転属。
 正確に言えば転属と言うよりは所属、だろうか。
 士官学校卒業後、司令部や支部への所属云々と言う話になる前に其のまま内乱へ召集され、
 軍人でない国家錬金術師達と同様、違いは待遇ではなく事実として少佐、位だろうか。
 元々の住処が中央だったから「転属」と言う気がするだけで、そう考えれば別に此れは左遷ではないのだろうか。
 東方外れにある戦地から東方の司令部に移ったと考えれば、昇格まで付いてむしろ立派な栄転だ。

 お前って時々吃驚する位前向きだよな。

 楽観的前向き能天気。
 其の手の単語の担当を一手に引き受ける様な男にそう言われ、額より少し上、生え際にある触覚を燃やしてやったのはほんの二週間前の話だ。


「何だ、いきなり。」
 引越しの手伝い、と言う名目、殆ど旅行気分で此の男がイーストシティへくっついて来たのは数日前。
 新たな住処を決め家具を手配し、書物が大半と後は衣類位しかない荷解き、
 士官学校から戦場へと言う流れで生活に必要なものは殆どなかったから其れもまとめて買い揃え、
 同時に東方司令部への転属(若しくは所属)に関わるあらゆる雑事もこなさなければならなかったから、物見遊山など楽しむ暇は一瞬たりとてなかった。
 どちらを優先する訳にも行かない事態に睡眠時間すら削られて、やっと一息吐けたのが今日の昼だ。
(何しろ軍の仕事を放棄出来る様な身分では無いし、だからと言ってせめて寝床だけでもなければ何も出来ない。
 此の間まで戦場に居たのだから屋根さえあれば上等位の事は言えるが、流石に街中で戦場と同じ事は出来ないだろう。
 中佐殿が浮浪者の真似事など、軍の威信を汚したと言われても反論の余地はない。)
 少々遅れてしまったが、引っ越し祝いも兼ねて豪勢に行こうとヒューズが言い出して、男二人、午後になって活気を増す商店街に繰り出した。
 主に家の事をやったのはヒューズであったから、街云々への感想はとても、今更なものに感じられた。
 眉を顰めて(不可解な事に対する平生の癖で、別に不快であった訳ではない)そう尋ねると、ヒューズは「そりゃなあ、」と空を見上げた。
 此処数日は見事な快晴であったのに、今日は分厚い雲に覆われた曇天、タイミング的に“いきなり”の回答になる筈なのだが、此れでは余計に判らない。
 更に深くなってしまった眉間の皺に苦笑して、
「昔、近所に住んでた爺さんが言ってたんだよ。」
 良い街かどうかは曇りの日に外に出れば判るんだとさ、
 聞いた事のない理屈に、ふうん、と改めて空を見上げる。
 元々、マース=ヒューズと言う人間が持つロマンティシズムを私は殆ど理解出来ない。
 同様に此の男も、ロイ=マスタング、もしくはそもそも錬金術師と言う人種の美意識が解らないらしいが、
「晴天でも雨天でも駄目なのか。」
 理解出来ないし正しいとも思わないが、其れでも間違って居ると感じた事は数える程しかない。
 解説なり理由なりを求めて続きを促すが、どうも此れに関してはヒューズ自身、
「実際、解った様な解らない様な話なんだけどな」
 だそうだ。


 晴れの日ってのは、何処だって大概綺麗に見えるんだよ。
 雲一つない真っ青な空の下だったら、色気も何もねえ有刺鉄線だって一寸した芸術に見えるだろ。
 雨の日だって同じだ。
 ……まあ、誰かさんは雨の日になると途端に動かなくなるから別かも知れねえが。
 マイナスにしろプラスにしろ、天候の影響って言うのは其れなりにある。
 だから、こう言う中途半端で褒め所に苦しむ天気が一番良いんだよ。
 余計な効果無しに其処の本質が出て来る。
 曇り空でも魅力的に見えたら、其処は少なくとも自分にとって良い街だと思って間違いないんだとさ。
 ……爺さん流の、終の棲家の選び方らしいが。


 まあ、終の棲家じゃなくたって、良い街ならそりゃそっちの方が良いだろ、
 そう言って締め括った後頭部に一撃入れて(余計な一言の分だ)、頭を抱える友人を追い越し先に行く。
「ヒューズ、」
 振り返らずに名前を呼ぶ。
「満足したか。」
「……おう。」
 全く、過保護でやって居られない。
「お前、さっさと子供でも作れ。」


 嫌味のつもりで言った科白は間髪居れずに始まった未来のヒューズ家とやらの妄想にかき消され、
 今度は私が頭を抱える羽目になった事は言う迄もない。
 こんなのが得難いものだと思えるのだから大概私もどうかして居る。