東進曲線


「やらなかったんだ、」
「何をだね。」
 唐突なエドワードの呟きに、片方の眉を上げて聞き返す。
「人体練成。」
 数秒の沈黙を挟んで寄越された返事に、思わず苦笑する。
「君が言い出したんじゃないか、」
 其れにも関わらず、エドワードの口調は忌々し気だ。
 無理もない、彼にとって其の単語は切望であり禁忌だ。
 けれど、余計な所ばかり大人びている彼にしては珍しく子供じみた反応が無性に可笑しかったのだ。
「煩い、笑うな。」
 其のむくれ方は言われた側にしてみればより可笑しさを増すものでしかなかったが、此れ以上機嫌を損ねると下手をすれば暴れだす。(こう言う所は平生から子供なのだ。)
 此の辺が引き際か、と笑いを収めた。
「っくそニヤニヤしやがって腹の立つ……」
 どうも収め方が不十分だったらしい。
 戻る様子のない機嫌に、素直に「当然だろう、」と返した。
「君が年相応の行動を取るのは好ましい事だからね、」
 嬉しくなるのは仕方がないじゃないか。
「老成してんなよぎりぎり二十代。」
「言ってろくそ孩児。」
「口が悪くてよ、大佐。」
「プライベート迄気にしてられるか、そんなもの。」
 其の単語の何が気に入ったのか、エドワードは「へー、」と気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「……何だ、」
「プライベートなんだ。」
「此れが公的な会話に見えるなら大したものだよ。」
 無粋にも程がある。
「……あんた、時々飴を寄越すよな。」
「此の程度で飴に感じるなら安いものだな。……其れと、」
 いつの間にか緩んで居た雰囲気に乗せられて、其の科白は愕く程するりと口をついた。
「一応答えておく。やらなかった訳じゃないよ。」
 エドワードの表情が凍るのが判った。
 しまった、折角機嫌が取れたのに。
 そうそう在る事ではないんだ、此方に有利に立たれて機嫌の良い鋼のなんて。
 後悔と言う程の感情ではないが、惜しい、と思った。
「何を、」
「人体練成。」
 君が聞いてきたんだろう、先刻と同じ調子で返す。
「 」
 言い終わると同時に胸倉を掴まれた。
 ある程度予想して居たとは言え、加減無しの衝撃に眉を顰める。
 其れ以上に目の前の顔は歪んで居たけれど。
「………………ッ、」
 ぎり、と歯の軋む音を立てて、何を発すれば良いか判らないまま、エドワードが真っ直ぐに此方を睨み付ける。
 全く、らしくない。
 いや、むしろ彼らし過ぎるのだろうか。
「鋼の。」
 見て判らないのか、天才錬金術師。
 私が、一体何を失った、
「最後迄聞きたまえ。全く、馬鹿でもあるまいし。」
 腹の探り合いなど、幾らだってやって来ただろうに。
 其れとも、此れだけは別か、
「取り敢えず、放せ。苦しい。」
 胸倉に掛かったままの左手(右手でなかった事が一応の理性なのだろうか)を払う。
 数秒ぶりの自由な呼吸を少しの間味わって、
「意地の悪い言い方をした事は認めるが、全く、信用が無いな、私は。」
「どう言う事だよ。」
 其れでも平生に戻ったとは言い難いエドワードの口調は低い。
「鋼の、錬金術の基本的な流れを言ってみろ。」
「……理解、分解、再……、あ。」
「気付いたな、」
 思わず笑みを漏らすと、又睨み付けられた。
「ンの腹黒…………。」
「失礼な、定義に忠実なだけだ。」
 だからわざわざ、やらなかった訳じゃない、と言っただろう。
「理論は組み立てた。どれ位の時間だったか、何をするにも頭の何処かで勝手に式が進むんだ。」
 結構自信があるよ。
 此れでも国家錬金術師だ。
 あれだけの練成陣を見ておいて、お粗末なものは作れないだろう。
 其の言葉に、エドワードはほんの少し、表情に痛みを浮かべた。
「だが、駄目だな、私は。」
 理論に脳みそを支配されればされる程、どんどん冷静になって行くんだ。
 親友を亡くして、だよ。
 無二の親友を失った苦痛を、理論なんぞで乗り越えてしまった。
 自分でも嫌になる。
 まあ、今にして思えば其れで良かったんだが、
 直後に思いもよらず役立ってしまったしね。
 作ったのは人ではなく、死体だったけれど。
「何で、」
 理論では死を乗り越えられなかった子供が顔を顰める。
「相手がヒューズではね。お互い辛いだけだ。」
 錬金術によって引き戻されたと知ったら、其の場で頸を掻っ切るだろうよ、あれは。
 耐えられる訳が無いんだ。
 私に代償を払わせてのうのうと生きるなんて。
「君が其れ以上失う事無く目的を達したら、其の時に改めて考えるよ。」
 其れでも多分殴られるだろうけど、果たさないと気持ちが悪い約束があるから。
「ふうん、」
 だからさっさと見付けたまえよ、
「仇でも討ちながら待って居るから。」
 大総統になって、私にしか見えない景色を見せてやるんだ、
 其れに間に合わなかったら意味が無いだろう、


「大佐其れすっげえ自信過剰。」
 顔を歪める様にエドワードは笑い、
「まァ、其の時になったら、あんたの理論の添削位してやるよ。」
 人の事は言えない程に自信過剰な科白を小突いた。