北相屋諸々事 虎豆
勇ましいやら、愛らしいやら。
「昼間ッからダラダラダラダラ。溶ける前に盥にでも入ったらどうだ。」
掃除がよっぽど楽だぜ、
頭の上から垂れて来た文句に、若旦那はさして重くも無かった瞼を持ち上げ、
「酷いな。」
渋柿でも食ったかの様な小僧を見上げ眉を顰めた。
「大体ね、何だ。主人の頭の上からものを言って。」
そんな礼儀を教えた覚えは無いよ。
起き上がり様、咎める様に指すが、小僧はまるで怯みもしない。
「主人ってなあ、若、旦那。俺の奉公に諾と言ったのは大旦那だぜ、」
屁理屈と一緒に、殊更若、の一字を誇張する。
言われた若旦那の気分次第で首が飛ぶ様な嫌味だ。
と言うのも此の若旦那、元は跡取りではなく番頭である。
後を継ぐ筈だった大旦那の息子夫婦が早くに亡くなって、他に男子も居らず、
既に娘も嫁に出した後だったので、仕方が無いから其の娘の家から孫娘を貰って来た。
其れに一番番頭を婿にして、揃って養子とおかしな夫婦になった。
しかし此の若旦那夫妻、すっかりいい年なのだが子が出来る気配もない。
此れで更に養子なんて事になったら、と大旦那が慌てて、
本当は直ぐにでも引っ込むつもりだったが、せめて娘でも出来る迄は隠居しない、と言い出した。
お陰で三十路を超えても若旦那。
また、此の大旦那が、隠居はしないと言ったくせに、元々番頭に商売を任せて居たから、
結局店を取り仕切って居るのは殆ど若旦那、と益々おかしな事になる。
さっさと子を作れば話も済むのだが、其れも無い。
此れで御新造が醜女なら事態も解るが、少々きつい嫌いがあるもののキリリとした風情の美人、
若旦那も役者の様な派手さはないが、さっぱりと二枚目で、大店を纏め上げる評判の切れ者。
其の御両人で亭主関白とかかあ殿下とを行ったり来たり、と仲良くやって居るのだから余計に済めぬ。
サテは不能か石女か、と口の悪い奉公人共が噂するが、御新造は気にもしないし若旦那は飄々とした様子。
そう言うあれや此れやがあって、「若」旦那となるのだが、
「全く、嫌な子だね、」
一体誰に習った態度だ、と顔を顰めるが、案の定、態々咎める事もしない。
其れがどれだけ気に入らなかったのか、
「だから、俺はアンタが嫌いなんだ。」
先刻のが渋柿なら今度は胆でも嘗めたのか、絞る様な小僧の言い様、声色に、
仕方が無いじゃないか、表に出さずに苦笑い。
丸二十年の商人生業、今では上方生まれの狐狸と馬の目を抜く化かし合い、
そうそう馬鹿正直にも生きられまいよ。
底を見せぬのは年長の性で、じゃらくらとかわすのは己の弱みだ。
羨ましいと言ったら此れは、どんな顔をするだろうか。
好奇心に負け最後だけ若旦那が呟くと、
「ふん、」
小僧ははっと、頬を染め、其れでも口はへの字に曲げて、
「其の頭が駄目になったら其れこそお払い箱だ。」
そうなったら、仕方ねえから俺が貰ってやるよ。
腕組み、ふんと仰け反るが哀しい哉背ッ低。
付かない格好に一人で怒って、
「さっさと退けよ、いつ迄経っても掃除が終わりやしねえ。」
とうとう縁側を追い出された。
そんなつもりは無いけれどね、と前置きして、
「そうなったら、確かに仕方が無いから。宜しく頼むよ、」
去りざま、振り返りそう告げてやれば、
「煩えッ、」
小僧は耳迄赤くなった。
嗚、嗚、
勇ましいやら、愛しいやら。
余
「だから何でとっとと作らねえんだよ。」
お陰でこっちもねちねち妙な望み持つんじゃねえか。
「妙な望みを持つのは勝手だが、米をねちねち食べるんじゃないよ、見っとも無い。」
「答えてねえ。」
「煩いな、秘密だ秘密。誰がホイホイ喋るものか。」
だからもう一寸君も気を遣いたまえよ。
「嫌、だね。」
「子供って凄え事さらっと聞くよな。」
「其の前に此の人は一体いつ迄奉公人と一緒に飯食うんだろうな、」
手代達の尤もな意見が彼らを動かす事は、当然、無い。