恋心



「中尉、此の後大丈夫だろうか、」
 夕暮れを過ぎた頃、上官にかけられた科白にホークアイは頸を傾げた。
 内容は別に其れ程珍しくもない。
 気になったのは上官から感じられる妙な疲労感と、其の口調だ。
 平生もう少し軽い誘い方をする人だった筈だが。
「ええ、構いませんが。」
 そうか、良かった。
 ホークアイの返答に上官、ロイ=マスタングは深々と溜息を吐いた。



 話は半年程前迄遡る。
 マスタングが其の被後見人エドワード=エルリックと行為を伴った恋愛関係を結んで凡そ五回目の逢瀬。
 其れなりの遣り取りを経て、さてそろそろ、と言った所でエドワードが爆弾を一個投下した。



「破壊力から見て、手榴弾かな、」
「其の辺の考察は結構です。」



 とっかえてみねえ?
 意味を理解するのに二十秒掛かった。
 現実に大した時間ではないが、沈黙としては充分な量だ。
 其れでも、理解した内容を把握出来ずに、マスタングは口元を引きつらせた。
「鋼の、」
 一体、何を。
「だから、アンタが、俺に。」
 マスタング、そしてエドワード自身を順に指差し、
「してみねえ?」
 弟に見せる事は日常でも、マスタングに向けるのは極めて稀な破格の笑みを浮かべた。



「其れでどうされたんですか。」
「断るに決まって居るだろう、」
「まあ、そうでしょうね、」
「ああ。無理だ。」



 其の時は案外すんなりと引いた為、恐らく冗談のつもりだったんだろうと解釈した。
 全く笑えないが。
 しかし、此れから後、期間程多くない機会の度にエドワードは同じ提案を繰り返す。
 そして、提案の却下を受け入れるのに掛かる時間は回数を増す毎に長くなった。



「其れで、ついに此の間だ。」
「先週の、」
「ああ。」



「だから何で駄目なんだよ!」
 自分で乱した胸倉を機械鎧で掴み上げてエドワードが叫ぶ。
「無理だと言ってるだろう、」
 ぶち、と飛んだボタンを見送る。
 何なんだ、いい加減辟易して来た。
 其れを隠し切れずに少々言葉尻がきつくなる。
「可愛い恋人が気ィ遣ってんだぞ! むしろ有難う愛してるとでも言って甘んじろ!」
 無茶だ。
 大体、気を遣うなら他に使い所があるだろう。
 毎回訳の解らない提案を受けて居るこっちの身にもなれ。
「そして君は可愛くない。」
 恐らく気の所為ではない頭痛に右手で頭を抱える。
「嫌なら止めるが、」
 どうする、とエドワードを見遣る。
 エドワードはマスタングの胸倉を掴んだまま深く俯いて、
「 」
 数秒後、堰を切った様に頭を上げ、放り投げる様に手を離す。
 そして、
「アタシの魅力が足りないって言うの!?」
 機械鎧の腕を己の胸元に置いて、叫んだ。



 言い終わると同時にマスタングは手元のグラスを一気に呷った。
「……そっちだったんですか、」
「いや、興奮の余り口調がおかしくなったらしいんだが、」
「はあ、」
 ホークアイが考え込む様に口元に手を遣る。
 無理もない。
 現実に直面して居るマスタングでも訳が解らない。
「受身の方が宜しいと言う事なんでしょうか、」
「うんー、其れが解らないんだが、自分の立ち位置を変える気はないんだそうだ。」
 其れなのに取り敢えず一度、と言って聞かない。
 食事中だからと堪えて居た溜息が漏れる。
 其の深さにホークアイが苦笑した。
「かなり参っていらっしゃるようですね。」
「其れはね。幼児やら老人やら、いっそ家畜にでも欲情しろと言われて居る気分だ。」
 仮にも恋人を家畜呼ばわりもあんまりだと言う自覚はあるが、何しろ無理具合では変わらない。
 ホークアイも承知して居る通り、ロイ=マスタングは何処迄も生粋の異性愛者だ。
 未成年者、特にローティーン以下は決して嫌いではないが扱い方が解らず苦手だ、とも平生口にして居たから、彼がエドワードを性的な意味で組み敷く事は余りに難い。
「其れでどうされたんですか、」
 先刻と同じく問い掛けると、マスタングは肩を竦める。
「どうもなにも。此れで行為に及べる程大物ではないよ。」
 向こうは及ぶ気だったらしいが。
 少なくとも此の件で小物呼ばわりされても一切構わない。
「で、だ。」
 呷ったまま掴んで居たグラスをテーブルに戻す。
「私はどうするべきなんだろうか。」
 マスタングの科白にホークアイは少なからず愕いた。
 似た様な発言をされた事が無い訳ではない。
 しかし、其れでも其の数は極僅かで、ホークアイを介してマスタング自身へ自問して居るのが此れ迄の全てだ。
 其のマスタングが、言い方は悪いがたかが恋愛事でホークアイの回答を求めて居るのだ。
(どう答えたものかしら。)
 意見にしても答えを出し辛い。
 別に好意が無い訳じゃないんだ、むしろ好ましいと思って居るから此処迄受け入れて来たのだし、
 恐らく半年分溜め込んだのだろう感情を垂れ流す上官に、妙な思いが湧き上がる。
 其の中に紛れ込んだほんの少しの嫉妬を自覚する。
(さて、)
 自分も手元のグラスに口をつけ、
(本当、どう答えたものかしら。)
 今夜は長くなりそうだ。